音楽データの無断転載について考える


MIDIデータなどを作成し公開する立場からすると、作者の確認を得ずにデータを他のホームページ等で公開される事に不快感を覚えやすいものです。主な理由として、データ作者の功績が無視、または軽視されている印象を受ける事が挙げられます。
しかし、会員同士のコミュニティーに限定されるパソコン通信ネットの類に対し、インターネットというこれまでにない特異なオープン性質を持つ世界において、公開作品を鑑賞するユーザーをはじめ個人個人が道徳的マナーを心掛けるのは無論ですが、作品を公開する側としてもインターネットというオープンな環境でそれを行うという事に関する可能性と責任を認識する必要があると思われます。この文献では、そうした作品を公開する側の心得の提案と、転載者を含む閲覧ユーザーの立場についての個人的見解をお話したいと思います。

なお、この文献は解放いたしますので、転載、リンクはご自由にどうぞ。
(URL: http://mushi.net/hanashi/mudan.html)


無断転載が故意によるものとは限らない

私は1996年に「MIDI虫ホームページ」を開設する以前から、ゲームミュージックのMIDIデータを2つのサイトに投稿していました。当時私は自分でもゲームミュージックのMIDIデータ収集を積極的に行っていたのですが、やがてあちこちのサイトで自分の作ったデータが公開されはじめました。データ作者の事が書いてある事はほとんどなく、時には間違った曲の紹介文がついていました。また中には、データ作成に使われた音源を考慮せず、手持ちの環境(もちろんこれが何かも記載せず)で再生したMIDIデータにランクづけをしているサイトまであらわれました。当時の私はさすがにプライドを傷つけられたような気がし、積極的に抗議をしました。ところが、多くのサイト主催者は丁寧な返事をしてくれた上、ほとんどの場合第三者による「投稿」によりデータ掲載に至ったものであり、サイト管理者が意図的に他サイトから無断転載したものではない事も分かってきました。投稿を受け付ける際にデータが投稿者の作品である事を確認する、またはデータの出所を明確にするなどの配慮があればこちらとしては有り難いのですが、こういった事はサイト運営者が決めるべきポリシーに当たると考えられ、直接責任を問うことは相手の価値観を無視することになる可能性もあり適当ではないと思います。
もともと自分のデータ自体が題材となった音楽の著作権所有者に直接許可なく公開したものである事もあり大きな事を言えた義理でもないし、知らないうちにデータを転載しているサイトが探せば探すほどいくらでも出てくるため、やがて私もいちいち口を出すことをやめました。簡単な説明をするとしたら、きりがないので諦めたという事もできますが、実際には対象となる音楽が好きな人に楽しんでもらい、その音楽を知らない人にも自分のMIDIデータをきっかけにその音楽の楽しさを知ってもらうという本来の目的とは直接関係がないという事に気付いたのです。転載をした側としても、自分で作品を作ることができない分、同じような考えから投稿を主体としたサイトを運営していたところも少なくないでしょう。

ちなみに、私が見つけた無断転載サイトは米国を中心とした海外サイトでした。さすがに日本国内では、パソコン通信などの経験者の方が早くからインターネットへ進出し、マナーのある活動の手本となった事もあるせいか、データ転載に関しては海外の比にならないほど丁寧で礼儀正しい事を付け加えておきます。


音楽作品が広く出回ることの意味

商用目的でない以上、データを作成し公開するという事は、それだけ元の音楽または主体となるゲームに対するデータ作者の思い入れや楽しみの要素の発見があると言えます。同様に、転載を望む人がいるという事も対象となる作品の芸術性やエンターテインメント性が認められるに値する証拠とも言えるでしょう。つまり、転載する人はその行為によりデータ作者の主張に共鳴していると解釈できるのではないでしょうか。あるデータを転載したくなる一般的な理由は主に二つあると思います。ひとつは、データの完成度の高さが評価されたため、もうひとつは、完成度に関係なく、その曲のデータが希少なためです。いずれの場合も、転載を望む側が対象となる作品に関してデータ作者の趣との共鳴を図るものであると考えられ、例え無断転載であっても音楽作品の価値観をアピールするという目的は達成されるのではないでしょうか。
データを鑑賞するリスナーの観点からすれば、それが無断転載されていたものかどうかなどはあまり関係ないと思います。結果として、そのデータに出会うきっかけができたわけですから。このように、何らかの形でより多くのリスナーの耳にふれる機会ができれば、より多くの趣を共にする人たちを満足させるに至るのです。言ってしまえば、無断転載によっていちばん気まずい思いをするのはデータ作者ではありますが、その犠牲の代償としてより多くの人を喜ばせることができるのです。皮肉な話しではありますが、もしリスナーがデータを気に入れば、必然的に同じ作者による他の作品に関心を示すはずです。そうなれば、たとえ作者も明記せずに無断転載されたデータであっても、それによって最終的なターゲットとなるリスナーには作者の功績が評価され、自然とリスナーの方から作者に歩み寄るに至る事も充分に考えられると思います。
故意に無断転載する人は確かに無責任ではありますが、データ作者が迷惑を被るとは言えデータに関してはその存在が有効に作用する可能性は充分ありえるという事です。無論、不快感を与えられた以上無断転載しているサイトに抗議する権利は作者としてあると思いますが、ここで大切なのは、まず怒りを爆発させる前にサイト管理者にちゃんと状況と作者としての心境を説明してみるのが良いと思われます。よっぽど非常識な管理人でないかぎりはじめから作者を怒らせるつもりはないでしょうし、作者の功績を軽視する無神経な人によりデータが投稿された場合などは投稿した人が作者だと思ってしまう事もありえるからです。管理者の経験が浅く、ネチケットの心得がまだ甘いような場合、こういったデータを作る作者の正確な情報はもとより、原作タイトルの情報等の明記の必要性を教授する事も大事です。

転載により、データがより多くのリスナーに聴いてもらえる機会はできたとしても、同じデータがあまりそこらじゅうにある事はリスナーにしても好ましくありません。興味のある曲のバリエーションを期待して、色々なところでみつけたある曲のデータを聴いてみたら、ほとんどが同一データの複製である事はリスナーにとって特に不愉快です。このような理由も含め、掲載するデータの出所に関する情報を明記する事の重要性を転載する側が認識する事は大切だと思います。


私に無断転載を推奨するつもりはもちろん毛頭ありませんし、個人的な経験からも道徳的に無神経な行為だと思います。しかし、インターネットというオープンな環境で作品を公開する以上、そうした事もひとつの世間の反応として考慮し、直視する事ができなければ、インターネットで活動する心の準備が充分とは言えないのではないでしょうか。もしそれによって活動意欲が左右すれば、結果として影響を受けるのはターゲットとなるリスナーです。故意に無断転載をするような人にとっては、ただその作者の新作を見つける機会が少なくなるくらいで、個人的影響を与える要素は考えられないと思います。もし作品をインターネットに送りだす動機が対象となる音楽の良さ又は面白さをアピールする事や同志の共鳴を得る事であるならば、たかが一人や二人や百人の個人ホームページ運営者の無神経な対応ごときのためにその目的に矛盾した態度を取る価値が、はたしてあるものでしょうか。


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